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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1027号 判決 1987年8月31日

控訴人 甲野太郎

訴訟代理人弁護士 鈴木醇一

被控訴人 乙山春子

訴訟代理人弁護士 松本迪男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が別紙物件目録記載(三)の土地の別紙図面(二)表示のA及びBの各点を直線で結んだ部分に排水設備を設置することを承諾せよ。

3  被控訴人は、控訴人に対し、右排水設備設置の妨害となる行為をしてはならない。(右2、3のとおり請求を減縮)

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、昭和二六年四月二四日ころ、被控訴人から別紙物件目録記載(四)の土地(以下「本件借地」という。)を建物所有の目的で賃借し、同土地上に同目録記載(五)の建物を所有している。

2  本件借地の東側には、別紙図面(一)記載のとおり現在被控訴人所有の別紙物件目録記載(三)の通路部分(以下「本件私道」という。)があり、右私道は、昭和一五年八月以前に本件借地ほか右私道に接する土地の借地人の土地利用のために地主によって開設されたものであり、同月六日市街地建築物法七条但書に基づき建築線の指定がされ、建築基準法附則五条により同法四二条一項五号の道路位置指定があったものとみなされるものである。

3  東京都は、昭和五五年八月一八日、別紙物件目録記載(一)の土地の南側公道に設置された公共下水道(以下「南方下水道」という。)について、本件借地を下水を排除すべき区域に含めて、同月二六日に供用を開始する旨公示した。

4  本件私道は本件借地の使用の便益のため開設されたのであるから、本件借地の賃借人である控訴人は、賃貸借契約に基づき、当然、本件借地の下水を南方下水道に排水するため本件私道の別紙図面(二)表示のA、B、Cの各点を直線で結んだ部分に排水設備を設置することができ、本件私道の所有者である被控訴人は、本件借地の賃貸人として、控訴人が右設置のために本件私道を使用することを承諾する義務がある。なお、南方下水道の供用開始の公示に伴い控訴人は下水道法による排水設備設置の義務を負うにいたったのでその点からも設置の必要がある。

5  同図面のB、Cの各点を直線で結んだ部分には、昭和六〇年六月に排水設備が設置されたが(以下「既設排水設備」という。)、被控訴人は、控訴人が同図面表示のA、Bの各点を直線で結んだ部分に右排水設備(以下「本件排水設備」という。)を設置することを承諾しない。

6  よって、控訴人は、被控訴人に対し、賃貸借契約に基づき、控訴人が本件排水設備を設置することを承諾することを求めるとともに、右設置につき妨害となる行為をしないことを求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件私道の開設が本件借地の借地人の土地利用のためのものであったことは否認するが、その余は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

5  同5の事実は認める。

三  被控訴人の主張

控訴人が賃借人として本件排水設備を設置することができ、被控訴人に賃貸人として右設置のための控訴人の本件私道使用につき承諾義務があるものといいうるためには、右設置が控訴人にとって真に必要不可欠なものであることを要すると解すべきである。

ところが、東京都は、昭和五〇年六月三〇日、本件借地の北側公道に設置された公共下水道(以下「北方下水道」という。)について、本件借地を下水を排除すべき区域に含めて同年七月一日に供用を開始する旨公示し、以来、控訴人は、北方下水道を使用するため、本件借地北側に公設汚水ますの設置を受け、これを利用して今日に至っている。

したがって、控訴人には、南方下水道を使用するために本件私道に排水設備を設置する必要はない。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の認否、反論

1  被控訴人の主張のうち、中段の事実は認めるが、前段、後段の主張は争う。

2  控訴人は、従前、浴場からの汚水を排水口を通じ北方の蛇崩川に放流していたが、北方下水道が完成したため、右排水口を北側の公設汚水ますに接続させ、さらに、浄化槽の排水管を浴場の排水管に接続させて、もっぱら北方下水道を利用している。しかし、排水口は十分な大きさがなく、蛇崩川の護岸壁を貫いて設けられているため、これを改良することは困難である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  控訴人が昭和二六年四月二四日ころ被控訴人から本件借地を建物所有の目的で賃借し、同土地上に別紙物件目録記載(五)の建物を所有していること、本件借地の東側には別紙図面(一)記載のとおり現在被控訴人所有の本件私道が存在することは、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件私道は本件借地等の使用の便益のために開設されたものであるから同人の本件借地賃借権に基づき、本件私道上に本件排水設備の設置をすることができ、右設置につき被控訴人に承諾義務があると主張する。しかし、次の1ないし4に認定するように、本件借地のために本件排水設備の設置が必要であるとはいえないような場合には、控訴人に本件私道上に右設備を設置する権利もないし、被控訴人がこれを承諾する義務もないというべきである。

1  別紙物件目録記載(一)の土地の南側公道には南方下水道が設置されており、これにつき昭和五五年八月二六日に供用を開始する旨の東京都の公示がなされ、同公示において本件借地が下水を排除すべき区域(以下「下水処理区域」という。)に指定されたことについては当事者間に争いがないが、他方、本件借地の北側公道にも北方下水道が存在し、これにつき昭和五〇年七月一日に供用を開始する旨の公示がなされ、同公示においても本件借地が下水処理区域に指定されたことも当事者間に争いがないのみならず、本件借地が北方下水道により近く位置していること、後記の従前の本件借地の排水状況等によると、南方下水道の供用開始の公示により、当然に、本件借地の下水を南方下水道に流入させるための排水設備設置の必要性が原告に生じたということはできない。

2  本件私道が昭和一五年に市街地建築物法による建築線の指定を受け、現在は建築基準法により道路位置指定があったものとみなされるものであること、本件私道の別紙図面(二)表示のB、Cの各点を直線で結んだ部分に既設排水設備が設置されていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件借地の形状並びに本件私道及び付近の公道等の位置関係は概ね別紙図面(一)記載のとおりであるが、控訴人は本件私道を南方の公道への通路として使用しており、本件私道には控訴人宅のためのガス管及び水道管が埋設されていること、本件私道は北方が低くなっており、北端にはブロック塀が設けられているため、本件借地の東側にあたる部分に雨水がたまり易くなっていること、控訴人は昭和四七年ころ本件借地上の建物を建直し(但し、本件借地の北東端にある浴場を除く)した際、浴場からの排水は従前どおり本件借地の北方に接して流れていた蛇崩川(これが昭和五〇年に埋め立てられ、地下は北方下水道となって同年七月一日から供用開始され、地上は公衆用道路(歩道)となったものである)に放流することとしたものの、し尿等の下水については、本件借地の北西端にある便所等から借地北側ほぼ中央部に設けた浄化槽を経由して流末を本件私道の西側側溝に接続させる排水設備を設け、以後これによって排水していたところ、側溝に流入した下水の臭気が強く近隣住民に被害を与える恐れが生じたため、昭和五〇年七月の北方下水道の供用開始に伴い、右排水方法を変更して暫定的な仮工事として、浄化槽からの排水管を従前の浴場からの排水管に合流させ、これを蛇崩川への排水口を経由して北方下水道に接続させ、以後、右下水道を利用しているが、右排水管は浴場の建物の下を通っている(現状では、控訴人方建物の配置上、排水管を浴場の床下を通さずに右下水道に接続することは困難である)うえ、右排水口はコンクリート製の蛇崩川護岸壁に設けられているため、これらの改修は必ずしも容易でなく、さらに浴場内部に下水の臭気がこもること、なお、昭和六〇年六月、前記の既設排水設備の設置に伴い、別紙図面(一)表示のト点付近及び本件借地の東南端に各一個の汚水ますが設けられたが、控訴人方建物の構造、配置上、下水の排水管を右のますに接続して右排水設備を利用するようにするには相当の費用を要すること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  他方、控訴人が北方下水道の供用開始の際、本件借地の北側の公道(歩道)に公設汚水ますの設置を受けてこれを利用していることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右公設汚水ますは控訴人の申請した位置に専ら本件借地からの下水を排水するために設置されたものであること、被控訴人は本件借地の東方の別紙物件目録記載(二)の土地に借家人二世帯と共に居住し、同土地の西側部分が本件私道の一部を構成しているが、同土地も本件借家と同様に、かつて蛇崩川に面し北方下水道の供用開始の際に下水処理区域に指定され、その北側の公道(歩道)上に前記控訴人方専用の公設汚水ますと並んでこれとほぼ同規模の被控訴人方専用の公設汚水ますが設置されており、被控訴人は右供用開始直後から合計三世帯全員のし尿等の下水を右公設汚水ますを経由して北方下水道に流入させ何ら支障なく現在に至っていること、北方下水道については、蛇崩川南側一帯が下水処理区域に指定され、護岸壁の存在は、本件借地特有の問題ではないこと、現在、本件借地の下水を前判示の方法で北方下水道に流入させることによって、浴場の臭気の点を除き、控訴人に具体的な支障は生じておらず、右臭気は前記の仮工事による排水設備を恒久的な設備に改良することによりほとんど除却しうるものであること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、公共下水道が設けられた場合にはし尿は浄化槽を用いず直接下水道に流入させるべきであるとの世田谷区の指導に従って、浄化槽を取り除いて北側の公設汚水ますにし尿等の下水を流入させるための排水設備を設けるためにいかなる費用及び労力を要するかを明らかにする証拠はないが、右認定のとおり、本件借地とほぼ同様の条件下にある被控訴人居住地につき、すでに排水設備が設けられていることに照らすと、右設備の設置については、本件排水設備に至るまでの排水設備を設置する場合に比し、著しい困難を伴うものではないと認められる。

4  以上認定の諸事実を総合考慮すると、本件借地のために北方下水道を使用せずにあえて被控訴人所有の本件私道に本件排水設備を設置しなければならない必要性があるとは言い難い。

なお、控訴人の下水道法に基づく本件排水設備設置の必要性の主張も認められない。

三  以上のとおりであり、控訴人の本訴請求は理由がないから失当として棄却すべきである。

よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 櫻井敏雄 市川賴明)

<以下省略>

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